2009年06月17日

助六所縁江戸櫻(すけろく ゆかりの えどざくら)

上演:文化8年 (1811)、市村座
助六:七代目市川團十郎
詞章:河東節(十寸見河東)
備考:このとき初めて舞台一面から花道にかけて桜の造花が飾られ、芝居小屋そのものを吉原に見立てるという体裁が完成。外題に「助六」が入るのもここからで、現行の『助六』はすべてこの版を原型としたものとなっている。
『宿花女雛形』(やよいのはな おんな ひながた)

上演:文政2年 (1819)、中村座
助六:三代目尾上菊五郎
詞章:半太夫節(江戸半太夫)
備考:このときの半太夫節の曲名が「曲輪菊」(くるわの ももよぐさ)だった。
『宿花千人禿』(やよいのはな せんにんかむろ)

上演:文政2年 (1819)、玉川座
助六:七代目市川團十郎
詞章:河東節(十寸見河東)
備考:市村座以外で河東節「所縁江戸櫻」が使われた初例。河東節はもう市村羽左衛門の占有物ではなく、市川團十郎の専売特許だということを見せつけた。
『助六櫻二重帯』(すけろく さくらの ふたえおび)

上演:文政5年 (1822)、河原崎座
助六:五代目松本幸四郎
詞章:半太夫節(江戸半太夫)。
『助六所縁江戸櫻』(すけろく ゆかりの えどざくら)
ブレイクダンス
大気化学
ヒッチハイク
投扇興
ラクロス
ダイエット
ロデオ
フードテーマパーク
ホッケー
ルームシェア
日本の演劇
熊本の湯めぐり
食の文化
お寺案内
骨の調べ
地震のおこり
筋肉事典
湯・香川
アロマ広場
チョコレート戦争

上演:天保3年 (1832)、市村座
助六:七代目市川團十郎改メ五代目市川海老蔵
詞章:河東節(十寸見河東)
備考:七代目の倅・八代目市川團十郎の襲名披露興行で、八代目は外郎売で登場。この興行の際、はじめて「歌舞妓狂言組十八番之内」の表現が使われる。後の「歌舞伎十八番」である。
『助六所縁江戸櫻』(すけろく ゆかりの えどざくら)

上演:安政4年 (1857)、角の芝居
助六:幡谷重蔵(七代目團十郎)
詞章:長唄
備考:天保の改革のあおりで江戸所払いになった七代目が「幡谷重蔵」(はたや しげぞう)の名で大坂・角の芝居の舞台にたって演じたもの。市川宗家の助六で長唄を使ったた珍しい例。
『黒手組曲輪達引』(くろてぐみ くるわの たてひき)

上演:安政5年 (1858)、市村座
助六:四代目市川小團次
備考:小團次と提携して二代目河竹新七(黙阿弥)が書いた一群の作品のひとつ『江戸櫻清水清玄』(えどざくら きよみず せいげん)の二番目・世話場面で、いわば「我流の助六」。小團次は常々『助六』をやりたいと思っていたが、小柄な自分では偉丈夫な助六がさまにならない。そんな愚痴を聞いた黙阿弥は、鮮やかな衣装、派手な隈取、艶やかな舞台、粋なセリフ、そして派手な喧嘩などといった『助六』の随を凝縮するかたちでこれを『黒手組の助六』に書き換える。また原版が全一幕で上演時間が3時間という冗長な演目だったのに対し、新作は全三幕で上演時間は原版の約半分という簡潔なものにまとめ、江戸歌舞伎の見本のような作品に仕上げた。
『助六所縁八重櫻』(すけろく ゆかりの やえざくら)

上演:明治6年 (1873)、市村座
助六:河原崎三升(九代目團十郎)
詞章:河東節(十寸見河東)
備考:九代目は明治6年から7年にかけて、養家の河原崎家から生家の堀越家に戻る際、ひとつの過渡期として「河原崎三升」(かわらざき さんしょう)という名跡を10ヵ月間だけ名乗っていた。そこに歌舞伎十八番の代表格である『助六』をぶつけたのは、この直後に襲名することになっていた「九代目市川團十郎」に対する彼の意気込みの現れとみることができる。なお「江戸櫻」を「八重櫻」に替えたのは、遷都後日も浅い東京に腰を据えた新政府をはばかって「江戸」の二字を避けたもの。

今日の助六 [編集]
ある演目に、本来つけられた外題のほかにも、複数の通称がついていることは珍しくない。たとえば、本外題が『寿曽我対面』という演目を、通常われわれは『吉例寿曽我』、『曽我の対面』、あるいは『対面』などといった通称で呼んでいる。しかし本外題がいくつもあって、それらが共通の通称で束ねられているという例は、この『助六』をおいて他にはない。

「『助六』を『助六所縁江戸櫻』という外題で上演するのは成田屋だけ」というのはよく知られた歌舞伎の蘊蓄だが、これをもうすこし厳密にいうと「『助六』を『助六所縁江戸櫻』という外題で上演するのは、市川團十郎または市川海老蔵が助六を勤める興行においてのみ」ということになる。

「所縁江戸櫻」というのは、そもそもは河東節による「出端の唄」の曲名で、この河東節を七代目團十郎(五代目海老蔵)が市川宗家の専売特許扱いにしてしまったため、他家が『助六』を上演するときは成田屋に遠慮して、この「出端の唄」を長唄・常磐津・清元などに書き替えたもので行う。そのため曲名に準じて外題も変わるのである。

2009年05月31日

木簡(もっかん)とは

古代の東アジアで墨で文字を書くために使われた、細長い木の板である。紙の普及により廃れたが、荷札には長く用いられた。
木の板に文字を書くことは、文字を知る文化では古くからごく一般に行われていた。後代にも文字を書いた木というだけなら、落書きした木片や呪いの札など多種多様なものがみられる。歴史学・考古学の見地からは、それらすべてが過去の生活の様子を伝える貴重な資料であり、広い意味での木簡として研究対象になる。この意味での木簡は、研究上の概念であり、その時代の人々が字が書かれた様々な木を木簡として一まとめに考えていたわけではない。

その中で、中国と日本では一行または数行の文を書いた細長い板が多数出土しており、典型的な、狭義の木簡はこれである。これらは当時も木簡と呼ばれていたが、用途や状況に応じて様々に呼ばれた。漢代まで木簡と竹簡には冊書を作る用途があり、一、二行しか書けないような細長い規格で作られた。後に長い文書が紙で作られるようになり、木簡の形に対する制約がなくなっても、細長い形はなかなか変わらなかった。
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木簡の特徴の一つは、削って書き直したり再利用したりすることができるという点にある。そのため当時の文具には筆、墨、硯に加えて小刀が含まれていた。削り屑に習字した例もあり、上述の広義の木簡に含まれる。

ハンガリー出身のイギリス人オーレル・スタインが尼雅で50枚、スウェーデンのスウェン・ヘディンが楼蘭で120枚余の晋代の木簡を発見した1901年が、遺跡からの木簡出土の始まりの年である。スタインは、1907年、1913年-16年の、第2次・第3次探検でも、約900枚の漢代の木簡を発見している(敦煌漢簡)。その後1930年にはエチナ川流域から一挙に1万点以上の大量の木簡が発見された(居延漢簡)。20世紀前半には西北辺境からの発見が多かったが、後半には全国で多数見つかるようになった。

中国では竹に文字を書いた竹簡が主流で、単に簡や簡牘といえば竹簡を指す。しかし黄河流域以北で木簡も広く用いられた。紙が普及しない漢代まで、木簡・竹簡は文書の材料として広く用いられていた。木簡と竹簡の相違は、その用途の相違によるものとも考えられる。つまり、各種の証明書や検・檄・符などの単独簡として用いられる簡には木簡が用いられ、それに対して、書物や簿籍などの編綴簡には竹簡が用いられている、という出土状況から、そのように考えられている。

漢代の一般的な簡牘は長さ一尺(23cm)、皇帝用の簡牘は長さ一尺一寸(25cm)、経書用の簡牘は二尺四寸(55cm)と、用途に応じた定型で作られ、文章が長くなるときにはつづりあわせて冊(編綴簡)にした。

紙が普及しはじめた魏晋の頃には、文書に紙と木が併用された。公式的な長い文書には紙が使われ、特別な儀式を除き簡を束ねて冊を作ることはしなくなった。そのせいで木簡は一枚で完結する文書に用いられることになり、形の規格がなくなった。

2009年04月27日

軌道共鳴

軌道共鳴(きどうきょうめい、orbital resonance)とは、天体力学において、公転運動を行なう二つの天体が互いに規則的・周期的に重力を及ぼし合う結果、両者の公転周期が簡単な整数比になる現象である。公転周期がこのような整数比になっている状態を尽数関係 (commensurability) と呼ぶ。尽数とは有理数の古い呼び名である。
17世紀にニュートンの運動の法則が発見されて以来、惑星軌道の安定性の問題はピエール=シモン・ラプラスを始めとして多くの数学者を虜にしてきた。太陽系の惑星の軌道は太陽とその周囲を公転する1惑星という2体問題近似の下では安定な軌道をとるが、この近似では他の天体の影響は無視している。これに他の惑星との相互作用を加えると、たとえそれが非常に微小な摂動であっても、長い時間にわたって影響を与え続け、最終的には惑星の軌道要素を変化させて太陽系の惑星は全く異なる配置になるはずである。しかし実際にはそのようなことは起きていないことから、惑星の軌道を安定化させる何か別のメカニズムが存在すると考えられた。この問題の解答を最初に発見したのはラプラスで、彼はガリレオ衛星の運動に見られる変わった振動の原因をこの共鳴理論で説明した。これ以降、この分野の研究は今日に至るまで活発に行なわれており、現在でも未解明の問題が数多く残されている。(例として、巨大惑星の環の粒子と衛星とが相互作用して環の形状を維持する機構などはいまだに解明されていない)

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共鳴の種類
軌道共鳴は一般に以下のような性質を持つ。

一つもしくは複数の様々な軌道要素パラメータの間に生じる(例: 離心率と軌道長半径の共鳴、離心率と軌道傾斜角の共鳴など)。
短い時間尺度、公転周期と同程度の時間尺度、永年的なもの(104?106 年)など、様々な時間尺度で起こる。
長期間にわたって軌道を安定化させる方向に作用する場合もあり、軌道を不安定化させる方向に働くこともある。
平均運動共鳴 (mean motion orbital resonance) とは2つの天体の公転周期が簡単な整数比になっている場合の共鳴である。天体の詳細な状態によって、軌道が安定化する場合も不安定化する場合もある。軌道が安定化するのは、2つの天体が同期状態の下に運動していて決して近接遭遇を起こさないような場合である。例として以下のようなケースがある。

冥王星や冥王星族天体はより質量の大きな海王星の軌道と交差しているにもかかわらず、安定な軌道を持っている。これはこれらの天体と海王星の公転周期が 3:2 の共鳴状態にあり、海王星から常に離れた位置にあるためである。海王星と交差するが海王星との共鳴軌道を持たない数多くの他の天体は、海王星から強い擾乱を受けてこの領域から弾き出されてしまう。
トロヤ群小惑星は太陽‐木星系のラグランジュ点に位置し、木星と 1:1 の共鳴にあるために安定した軌道を持つ。
太陽系外惑星のグリーゼ876bとグリーゼ876cは 2:1 の軌道共鳴の状態にある。
軌道共鳴は天体の軌道を不安定にする場合もある。小さな天体の場合は共鳴によって軌道が不安定化する場合の方が多い。例として以下のようなケースがある。

小惑星のメインベルトにはカークウッドの空隙と呼ばれる小惑星のほとんど存在しない領域が存在する。この領域は木星との平均運動共鳴が起こる位置に相当している。この領域にある小惑星は木星からの摂動を繰り返し受けて領域外へ弾き飛ばされる。
3個またはそれ以上の天体の公転周期が互いに簡単な整数比になっている場合の共鳴をラプラス共鳴 (Laplace resonance) と呼ぶ。例えば、木星の衛星ガニメデ・エウロパ・イオの三つは互いに 1:2:4 の軌道共鳴の状態にある。

二つの天体の軌道の歳差(通常は近日点歳差)が同期している場合の共鳴を永年共鳴 (secular resonance) と呼ぶ。小天体がより大きな天体(惑星など)と永年共鳴の状態にあると、小天体は大天体と同じ割合で歳差運動を起こす。永年共鳴は約106年といった長期間にわたって天体の軌道に作用し、小天体の軌道の離心率や軌道傾斜角を変化させる。顕著な例として以下のものがある。

小惑星と土星との間に ν6 永年共鳴と呼ばれる共鳴がある。土星に接近する小惑星はこの共鳴によってゆっくりと離心率が増加し、やがて火星軌道の内側に入るようになる。このような軌道をとる小惑星は火星との近接遭遇によって小惑星帯から弾き出される。この共鳴によって、メインベルトの小惑星分布には約2AU付近に内側の境界が作られ、また軌道傾斜角に対する分布でも約20度を超える小惑星が存在しないという境界が作られている。

2009年04月11日

アンドロメダ銀河

アンドロメダ銀河Andromeda Galaxy (M31またはNGC224として知られる)は、アンドロメダ座に位置する目視で確認可能な渦巻銀河である。さんかく座銀河、銀河系(天の川銀河)、大マゼラン銀河、小マゼラン銀河などとともに局部銀河群を構成する。

地球から約230万光年の距離に位置し、およそ1兆個[1]の恒星から成る渦巻銀河で、恒星の密度が濃く一見して銀河と判る(近年発見されたディスクの拡張部分を含まない)分の見た目の直径は約13万光年[2]であり、直径8?10万光年の我々の銀河系(天の川銀河)よりも大きく、局部銀河群で最大の銀河である。かつては、アンドロメダ星雲、アンドロメダ大星雲などとも呼ばれていた。

見かけは、一時期銀河系(天の川銀河)と似ていると言われていたが、バルジに2つの巨大ブラックホールが存在し、連星系を成している事が観測より明らかになった[1]。また、我々の銀河系のバルジと比べてガスや暗黒物質が非常に少ない事が判ってきた[3]。さらに、我々の銀河系の方のバルジに棒構造が発見された事により、分類上でも両者は渦巻銀河と棒渦巻銀河に区別されるなど違いがはっきりしてきている。

アンドロメダ銀河は、肉眼でも観測することが出来るため、964年には既に、アブド・アル・ラフマン・アル・スーフィーによって"小さな雲"と記述されている。望遠鏡による観測はドイツの天文学者シモン・マリウス (Simon Marius, 1573-1624)が1612年に行ったのが初めてとされる。シモン・マリウスは、しばしば誤ってアンドロメダ銀河の発見者として紹介されることがある。ウィリアム・ハーシェルは「核は星雲状。星に分かれそうだ」と記している。ボンドは1847年暗黒帯がある詳しいスケッチを残した。1864年ハギンスはスペクトルを観測する。1888年ロバートは3時間にもおよぶ撮影を行い、渦状構造を確認した。1885年ハルトウィッヒは新星、セファイド変光星、散開星団、球状星団を発見し、さらに自転速度を測定した。バーデはパロマー山200インチ望遠鏡で、第二次世界大戦によるロサンゼルスの灯火管制の中、星の種族を確認している。初めてM31までの距離を測定したのはアメリカのハッブルである。彼は1923年M31の中にあるセファイド変光星を利用して距離を見積もった。その結果、M31は銀河系の外にある天体であることが分かった。彼は1929年この研究を発表した。

アンドロメダ銀河の周囲には伴銀河としてM32、M110 (NGC205)が観測できる(図1)。これらの伴銀河はいずれアンドロメダ銀河と衝突し吸収されてしまうと考えられている。

アンドロメダ銀河のスペクトルは青方偏移を持ち、我々の銀河系に対して秒速約300kmで接近している [2]。約30億年後にはこの2つの銀河は衝突して合体し、1つの巨大な楕円銀河を形成すると予想されている(ただし1990年代後半に確認された宇宙の加速膨張を考慮に入れると、両銀河の衝突時期はこれよりいくらか延びるという予測もある)。

M31は肉眼で見ることができる。双眼鏡では、長い楕円形のはっきりした光芒に映る。大口径の望遠鏡でも意外に見え方は良くならず中心部分の明るいところしか見えない。条件の良い場所で口径20cmの望遠鏡でやっと渦巻き構造が見え始める。

球状星団G1 [編集]
アンドロメダの近傍には銀河の他にも多数の星団も観測され、その中で最大のものはアンドロメダ銀河の周囲を巡っている球状星団G1である(図1右下、図2)。Mayall IIの名称でも知られるG1は、アンドロメダ銀河の中心から13万光年の距離にあり、宇宙の始まりから比較的早い時期に誕生した古い星々が数10万個以上集まって構成されていると考えられている。局部銀河群の中ではおそらく最も明るい球状星団であり、地球から観測した見かけの等級は13等級である。絶対等級としては天の川銀河で最も明るいオメガ星団(NGC 5139、視等級3.7)よりも明るい。

2002年のハッブル宇宙望遠鏡の観測では、太陽の約2万倍の質量を持つブラックホールがG1とM15の中心に存在している可能性が示唆された

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2009年03月27日

キリスト教への改宗

ブルグンド族は、東部地域のどこかで、本来の多神教からキリスト教で異端とされたアリウス派へと改宗した。アリウス派への改宗は、キリスト教国である西ローマ帝国との間に生じた疑念と不信の源となった。この分断は500年頃には解消されることになるが、ブルグント族の王の1人であるグンドバット(Gundobad)は、ウィーンの司教アウィトゥス(Avitus)と個人的に親しい関係を維持した。グンドバットの息子で後継者のシギスムント(Sigismund)は、自身がキリスト教徒であり、この頃までにブルグント族の多くがキリスト教へ改宗していた。

ローマ人との初期の関係 [編集]
当初ブルグント族はローマ人と荒らしのような関係にあった。ローマ帝国によって他の民族を守るために利用された一方で、辺境地域に侵入し彼らの影響力を広げていった。

ブルグント族の王国 [編集]

第一ブルグント王国 [編集]
411年、ブルグント族の王グンダハール(Gundahar、Gundicar)はアラン人の王ゴール(Goar)と協力して傀儡皇帝ヨヴィヌス(Jovinus)を擁立した。彼の支配下にあるガリア人皇帝の権威によって、グンダハールはラウター川とナーエ川の間のライン川左岸地域に定住し、 ヴォルムス、シュパイアー、ストラスブールの各都市を支配した。後に皇帝ホノリウス(Honorius)は、休戦協定の一部として公式にそれらの土地を与えた。[Prosper, a. 386]。

フォエデラティ(foederati、ローマ帝国の同盟者)としての新しい地位にもかかわらず、ブルグント族はローマのガリア・ベルギカ北部地域を襲撃し、436年にローマの将軍アエティウス(Aëtius)がフン族の傭兵を呼び入れると、冷酷にもそれらの地域を滅ぼした。437年、フン族の傭兵は、ボルビトマグースやヴォルムスといったケルト系ローマ人定住地の首都とともにラインラント王国を滅ぼした。グンダハールは大部分のブルグント族とともに、戦闘で殺害された[Prosper; Chronica Gallica 452; Hydatius; and Sidonius Apollinaris]。

フン族によるヴォルムスとブルグント王国の破壊は、後に叙事詩『ニーベルンゲンの歌』(Nibelungenlied)の一部となる英雄伝説のテーマとなった(さらにそれを元にワーグナーが『ニーベルングの指環』(Ring Cycle)を書いた)。その物語では、ヴォルムスにグンテル王(King Gunther=グンダハール)と女王プリュンヒルト(Brünhild)が王宮を構え、ジーフリト(Siegfried。北欧神話におけるシグルズ(Sigurd))がクリエムヒルト(Kriemhild)に求婚するという構図になっている (古スカンジナビア言語の文献においては彼らの名前はそれぞれグンナル、ブリュンヒルド、グズルーンと訳されることが多い) 。ジーフリト死後のクリエムヒルトの再婚相手エッツェル(Etzel)はアッティラ(Attila)がモデルとされ、エッツェルはそのアッティラのドイツ語読みである

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2009年03月12日

モデナ大聖堂

モデナ大聖堂(Duomo di Modena)は、イタリア・モデナにある大聖堂。ヨーロッパで重要なロマネスク建築の一つで、ユネスコの世界遺産に登録されている。モデナ出身の著名なテノール歌手ルチアーノ・パヴァロッティの葬儀が行われた場所である

大聖堂建設は1099年に主任建築家ランフランコの指揮下で始められた。大聖堂は、モデナの守護聖人聖ジェミアヌス(イタリア語では聖ジミニャーノ)の墓の役割を持っていた。5世紀から同じ場所にはかつて2つの教会が建てられ、どちらも破壊されていた。聖人の遺物は今も大聖堂内の納骨堂に展示されている。

装飾
ランフランコの仕事の後、大聖堂はアンセルモ・ダ・カンピオーネと、『カンピオーネの職人たち』と呼ばれた彼の後継者たちによって装飾された。それ故に現在のファサードは別の様式である。壮麗なバラ窓は13世紀にアンセルモによって加えられた。入り口の円柱を支える二頭のライオン像は古代ローマ時代の物で、おそらく基礎部分を掘っている際に発見した物である。
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ファサード
ファサードは、アンセルモと同時代の彫刻家グリエルモ・ダ・モデナ作のレリーフで知られる。預言者と総主教の肖像、聖書の物語など、ロマネスク様式彫刻の傑作が含まれている。学者たちは、「アダムとイヴの創造」、「原罪」、「ノアの物語」の中に壮大な功績を指摘した。 側門は注目すべき物である。グランデ広場側、ポルタ・レジア(王の門、の意味)はカンピオネージによるもので、ポルタ・デイ・プリンチピ(王子の門、の意味)は、グリエルモ・ダ・モデナの門弟による聖ジミニャーノの一生を描いたレリーフで装飾されている。北側門はポルタ・デッラ・ペスケリア(魚市場の門、の意味)で、1年の暦に触発されたレリーフと、アーチ上はブルトン語のアーサー王の物語がレリーフで飾られている。

内装
内装は3つの本堂で分けられる。中央の本堂と納骨堂の間は、アンセルモ・ダ・カンピオーネ作による『最後の晩餐』、大理石製キリストの受難像、がある。アッリーゴ・ダ・カンピオーネによる説教壇は、小さなテラコッタ像で飾られている。14世紀からある木製の十字架像が有名である。

大聖堂内には、2人の偉大なモデナ人芸術家の手による『キリストの降誕』像が納められている。一つは1527年にアントニオ・ベガレッリによるものである。もう一つは彫刻家グイド・マッツォーニによる1480年の作品で、納骨堂内にあり、Madonna della Pappaの名前で知られている。

トッレ・チヴィカ(鐘楼)は教会に付属している。

2009年02月23日

サイバーフォーミュラ車両

登場するサイバーフォーミュラは人工知能サポートシステム「サイバーシステム」を搭載し、その適切なアドバイスで人間の限界以上の走行を可能とし最高速度400km/hオーバーを実現するレースマシンである。水素エンジンもしくは超伝導リニアホイールを原動機として、追加速を得るためのブースト機構などを有する。F1などの他のレースと異なり、サイバーシステムと呼ばれるコンピュータシステムが車体全般を管制することが最大の特徴となっている。
ダーラン サフィ サウンド サイド バング レウイ ルンペン レバノン ブラック シード バレー ソフトダ ロッシュ メロン シャーリ おおばなさ クリーン きゅうせき ケマン カイドウ くしびき ハーフ フェア ビリティ ユーエ モッツ ルヒル ヒューズ ライダー 幸福 リンクス マチン ユッケ スリラー YELLOW テレカ ゲート セッション 風の足跡 オンシ 艶姿 検索ジム バースト テレフ ハック プライ ダバード ワクシニア オーバ モンテ

自由な発想をうながすため、レギュレーションにより最低重量が高く設定されており、アスラーダGSXなどの市販車(あるいはプロトタイプレーシングカー)に近い形状の4輪車からスーパーアスラーダなどのフォーミュラカーに近いタイプのものまでボディ形状は各種あり、4輪車以外にも6輪車、8輪車といった多輪車や、オートバイと同じ姿勢で乗車するシュティール(発展型に至っては前1・左右各1・後2の5輪車である)のようなものまで様々となっている。いずれも全輪駆動で、基本的に全輪操舵であり、アクティブサスペンションなどの車体制御技術も一通り備える。超伝導リニアホイール搭載車を除き、変速(ギアチェンジ)はステアリングホイールの裏に備えられたスイッチ状のパドルなどを用いた方式であり、アスラーダGSXなどH型のシフトノブで変速を行う車両もあるが、例外なくセミオートマチックトランスミッションとなっている。変速機は各車前段6段(ミッショネル系は7段)、後段1段を基本とするが、サイバーシステムの管制下にあり、ドライバーがサイバーシステムに指示することにより走行中であってもギア比を変更することができる。なお、水素エンジン搭載車両でフルオートマチックの変速を行う、あるいは無段変速機を備えた車両は登場していない。

フォーミュラカーのような形状を持った車体でも、コクピットは風防ガラスで覆われており、悪天候時などはその全面に周囲を再構築したCG映像をリアルタイムで表示し、ドライバーの視界を保つという機能が存在する。

サイバーフォーミュラに参戦する多くの車両はダウンフォースを発生させるエフェクトファンやローターを搭載している他、走行条件に合わせて車体を変形させられる車両も存在する。

この時代の市販車であるサイバーホイールにもサイバーフォーミュラで培われた技術が応用されており、2022年時点で、スゴウのアスラーダGSXをモデルにしたGSX-NEO ベルサーティスがGIO社より市販されている。

サイバーバイカーズという二輪車レースも行われている。

技術
サイバーシステム
車体に搭載されているスーパーコンピュータによる人工知能で、空力の調整などを含めたサイバーフォーミュラの車体制御全てを司る。ドライバーにアドバイスを与えるなど、ラリーにおけるコ・ドライバー的な存在でもあり、その機能は単純なカーナビゲーションの域に留まらない。当初、アスラーダのみがスーパーニューロコンピュータであり高度な学習機能を備えていたが、後に他チームもスーパーニューロコンピュータを導入したほか、OVA第4作の『SAGA』ではドライバーの意思を無視した判断すら自立して行うバイオコンピュータによるCSが登場した。
作品中では、キャラクターとしての個性を持って登場していると言えるサイバーシステムはアスラーダのみである(ゲームにおいてはネメシスも同等のキャラクター性を持つ)。TV版のはじめの頃ではアスラーダ以外のサイバーシステムも比較的言葉を話す傾向があったが、人間のシビアな感情まで理解できるのはアスラーダだけという設定。凰呀については、アスラーダと比肩するサイバーシステムとして登場したが、個性はあるものの音声の形で言葉を発することは一度もなかった。凰呀にはアスラーダと違いドライバーとの直接コミュニケーションシステムはなく、それがテストドライバーを2人も死なせる結果になり、『SIN』での登場当初に加賀が乗りこなすことができなかった要因である(『SIN』最終話のクライマックスで、ゼロの領域で走っていた加賀が「声」(担当声優は葵今日子役の天野由梨)を聞く描写があるが、凰呀の声とは断定できない)。
動力
サイバーフォーミュラでは公害に配慮し、水素エンジンもしくは常温超伝導リニア技術を応用し太陽電池や燃料電池で駆動する超伝導リニアホイールのみが原動機として認められている。
市販車(サイバーホイール)も、そうした無公害の原動機を用いている。
水素エンジン
作品設定資料中では「サイバーサイクルエンジン」とも呼称する。V10もしくはV12エンジンを基本とし、葵自動車といった自動車会社から、エンジンコンストラクターのXi、車体コンストラクターのユニオンセイバーやSTAG、部品メーカーのスゴウにいたるまで、比較的多くのメーカーがレース用水素エンジンの製造技術を有している。
サイバーフォーミュラ以外では、同時代のインディカーレースにおいても水素エンジンが使用されており、アメリカの自動車会社GIO社は同シリーズにおいて60勝を挙げている。
リニアホイール
ドイツのシュトロブラムス社が開発したもので、基本的に、同社傘下のシュトロゼックプロジェクト(シュトルムツェンダー)、S・G・Mの2チームのみがこれを使用している。原理的に電気モーターと共通するという特性上、加速は無段変速の超電磁加速となり、トルクでは水素エンジン搭載車の追随を許さない。
また、原動機と車輪(ホイール)とが一体化しているため、車体にエンジンのためのスペースはもちろんドライブシャフトなども不要であり、車体設計にはかなりの自由度が生まれる。作品中ではフランツ・ハイネルがこれを活かして独特なマシンを多数生み出した。
ブースト
水素エンジン搭載車両は、吸気中の酸素をイオン化して濃縮することでエンジン出力を上げるブースト機構を有し、一定時間以内ならば500km/h以上の走行も可能となる。エンジンの臨界点を超えた使用はエンジンブローにつながるため、使用するタイミングは選ぶ必要がある。『SAGA』と『SIN』に登場したν-アスラーダAKF-0、および『SIN』に登場した凰呀は、ブースト圧の一部を溜め込んでフラッシュオーバーを起こしさらなる追加速を得る2段ブーストの機構を有する。
リニアホイール搭載車両もオーバーロード(電圧を増大)させることで一時的な超高速走行が可能である。
変形機構
オンロード、オフロードを走り分けるレースのため多くの車両は車高の調整機能を有したが、より極端な実践として、サーキット、ラリー、そして高速走行のエアロ、と、3モード変形機構を有するサイバーフォーミュラ、スーパーアスラーダ01が2015年にスゴウチームによって投入され、実際に同車はコースを問わず高い性能を発揮し、以後、主にスゴウとアオイの2チームによって可変機構を有する車両が開発され続けることとなった。オフロードコースでのレースが廃止された2016年の第11回大会以降では、アオイが投入したエクスペリオンZ/A-8、スゴウの新型スーパーアスラーダAKF-11を筆頭に、ラリーモードを省き、サーキット、エアロのみの2モード可変マシンが登場した。
レアメタル
この作品中では形状記憶合金を意味する言葉として使われている。変形機構において用いられ、これを用いることで瞬時に変形することが可能となる。通常の機械的な変形に比べ、変形によるタイムロスが大幅に減るため、レースにおいては大きなアドバンテージとなる。また、変形のためだけに存在する機械や変形の都合上の構造を必要としなくなるため、ボディワーク全体の形状をより滑らかで空力的に洗練されたものにできるメリットを生じせしめる。
変形機構を有する車両を開発し続けていたアオイとスゴウによって研究され、2020年の第15回大会の開幕戦でアオイがスゴウに先んじてレアメタルによる変形機構を搭載したサイバーフォーミュラ、アルザードNP-1をデビューさせた。同年中に、スゴウもレアメタルによる変形機構を搭載したνーアスラーダAKF-0を投入した。

2009年02月07日

上杉憲方・上杉憲孝・上杉朝宗・上杉憲定

上杉 憲方
メイン フェムト ブレンダー オーダ ジャッキ プロデ ハンド ヨーグルト ひょう リゾット しゅうばつ メーター ダンク デマンド サイトゲ バオアン アコウ カーレ アオイル カーネル モルヒ スター メトロ アシカ センチュリー カルーセル サラダ キャメ バック レイヤー 笑い話 風の子 リットル オジギソ りゅうら 宝石箱 ダンス ウンディー リベット アウテ ビー ジャケブル イバナ バタフラ いもがゆ トラックク レース バズーカ コリドー ブレーク

南北朝時代、山内上杉家の一族。
室町時代、犬懸上杉家の一族。
江戸時代、山内上杉家の一族。

上杉憲方 (山内上杉家)
上杉 憲方(うえすぎ のりかた、1335年(建武2年) - 1394年11月17日(応永元年10月24日))は南北朝時代から室町時代前期にかけての武将。上杉憲顕の子で、上杉能憲と上杉憲春の弟(あるいは憲春の兄)。上杉憲定、上杉房方の父。

上杉憲方の墓永和2年(1376年)に病床にあった兄・能憲から所帯等を譲られ、永和4年(1378年)4月の能憲の死の直前には憲春が務めていた上野守護職や憲春の所領も憲方が知行すべき分として譲られた。能憲の死後、関東管領には憲春が任じられたが、山内上杉家の家督は憲方だった。約1年後の康暦元年(1379年)3月7日、憲春は自害した。康暦の政変に乗じて攻め上がろうとする足利氏満に対する諌死だったという。同年3月21日頃に憲方は関東軍の大将として派遣されたが、上洛はせずに伊豆国三島に留まった。同年4月15日に関東管領に任じられ、28日には鎌倉へ戻った。5月には憲春が維持していた上野守護職も憲方に安堵された。

1382年1月に管領職から退いたが、同年6月に再任されている。武将としての器量に優れ、鎌倉公方の氏満を補佐しながら小山義政の反乱とその子・小山若犬丸の反乱鎮圧に功を挙げた。それらの功績により上野国や武蔵国、伊豆国、安房国、下野国の守護職を与えられている。1392年4月22日、老齢と病身を理由に管領職から退いた。1394年10月24日に死去。享年60。墓所は自身が鎌倉に建立した明月院。法号は明月院天樹道合。

上杉憲孝
上杉 憲孝

南北朝時代、山内上杉家の一族。
江戸時代、米沢藩上杉家の一族。

上杉憲孝(南北朝時代)
上杉 憲孝(うえすぎ のりたか、1366年(正平21年/貞治5年) - 1394年(応永元年)?)は南北朝時代から室町時代前期にかけての武将。上杉憲方の子。

山内上杉家出身。伯父・上杉能憲の養嗣子となって詫間上杉家の家督を継いだ。小山若犬丸の反乱鎮圧など、実父の憲方に従って多くの戦功を挙げ、1392年に実父の後を受けて関東管領に就任した。しかし1394年11月、病のために管領職を辞し、まもなく死去した。

先代:
上杉憲方 関東管領
1392?1394 次代:
上杉朝宗

上杉憲孝(江戸時代)
上杉 憲孝(うえすぎ のりたか、1692年(元禄5年) - 1708年(宝永5年 ))は江戸時代中期の人物。米沢藩藩主上杉綱憲の三男で、生母は樫田氏の娘。若くして逝去した。

上杉朝宗
上杉朝宗(うえすぎ ともむね、1334年(建武元年)? - 1414年10月8日(応永21年8月25日))は南北朝時代から室町時代前期にかけての武将。上杉憲藤の子。上杉氏憲(禅秀)、上杉氏顕、上杉氏朝(四条上杉家)の父。官位は修理亮。中務大輔。禅助。

犬懸上杉家(又は四条上杉家)出身。幼名は幸若丸。1338年、父が戦死したときは幼少であったため、兄の上杉朝房と共に家臣の石川覚道に養育された。1365年から1376年まで上総の守護に補任され、1377年に兄から家督を譲られて犬懸上杉家の当主となった。1395年3月には関東管領に就任する。同時に武蔵国の守護にも任じられた。1399年、応永の乱で大内義弘に共謀して鎌倉公方・足利満兼が呼応して挙兵しようとしたときはこれを諌めている。このため、満兼は出兵が大幅に遅れ、義弘は足利義満に討たれることとなったと言われている。1405年9月、管領職を辞任する。

1409年、満兼の死を契機に剃髪して禅助と号し、上総に隠退する。家督も子の上杉氏憲(禅秀)に譲った。応永21年(1414年)8月25日死去。享年81。法号は徳泉寺道元禅助。墓所は上総国長柄郡長柄山(現・千葉県長生郡長柄町長柄山)の眼蔵寺。

生年には異説が多く、父死後の1339年出生とも言われている。

上杉憲定
上杉 憲定(うえすぎ のりさだ)

室町時代初期の人物。山内上杉家出身。
室町時代後期の人物。犬懸上杉家出身。

上杉憲定 (山内上杉家)
上杉 憲定(うえすぎ のりさだ、1375年(天授元年/永和元年) - 1413年1月20日(応永19年12月18日))は室町時代前期の関東管領。上杉憲方の子。官位は安房守、右京亮。

山内上杉氏出身。1394年、父・憲方の死により家督を継ぐ。1405年、関東管領となって鎌倉公方の足利満兼とその子・足利持氏を補佐した。憲方は満兼時代からすでに破綻をきたしていた京都の幕府との関係改善に努めたが、その心労で病に倒れたため、1408年に管領職を上杉氏憲(禅秀)に譲っている。

1412年12月18日、38歳で死去し、後を子の上杉憲基が継いだ。法号は光照寺大全長基。

先代:
上杉朝宗 関東管領
1405 - 1408 次代:
上杉氏憲

上杉憲定 (犬懸上杉家)
上杉 憲定(うえすぎ のりさだ)は、室町時代後期の人物。上杉憲秋(犬懸上杉家)の子。上杉氏憲(禅秀)の孫に当たる。

2009年01月22日

シルクロード・シリーズ (漫画)

シルクロード・シリーズは1981年(昭和56年)から1990年(平成2年)にわたって、神坂智子によって描かれた漫画作品群である。執筆当初、これらは白泉社の少女漫画雑誌『花とゆめ』『エポ』などで連載された。
このシリーズは、天山山脈に住む「神(テングリ)」と呼ばれる少数民族が崇める神々と、彼らが関係する人間の生き様を描いた大河作品である。舞台は地理上のシルクロードに当たるトルコ、ペルシャ、中央アジア、インド、チベット、モンゴル、中国および日本などである。一話ごとに完結するオムニバス形式をとっている。

作品リスト

花とゆめコミックス版
「風とビードロ」収録作を除いて、作品名には原則として「シルクロード・」の副題が付く。

はるかなるシルクロード(1981年)
[収録作品]はるかなるシルクロード/シルクロード・天翔ける馬/シルクロード・キャラバンの鈴
風とビードロ(1982年)
風とビードロ/風の子守唄(ララバイ)/風のメモリアル
/イシククル天の幻影(*シリーズ外のSF作品)
宇宙(そら)ゆく帆船(ふね)(1983年)
ペキネンシス50万年/バンボレットの谷/バルマンの鉄柱/宇宙ゆく帆船
姫君の塔(1984年)
姫君の塔?キズクルガン?/青いビビ・ハヌィム/カラキタイの娘/天のはごろも(あまのはごろも)
ゾマの祭り(1985年)
ゾマ神の嗤う夜/ロンドン花吹雪/ゾマの祭り/イエチャブ・ツォの月
巻毛のカムシン(1986年)
巻毛のカムシン/緑の王宮/白い神々(テングリ)の伝説/波斯(ペルシャ)の井戸
砂漠幻想(1986年)
砂漠幻想/聖者の湖/金の紙 金の繭/黒水城(カラホト)の魔女
ヘディンの手帳(1987年)
ヘディンの手帳/ソグリアナの娘/ヤグノブの谷/ウイグルの砂/青い柘榴
雪の朝?ホワイトカングリー?(1988年)
雪の朝?ホワイトカングリー?/テイサの記憶/サーハスの鏡/王女の首飾り/百合の咲く谷/綿の城
欠けたもの満ちるもの(1989年)
湖面の月/赤い山白い神/欠けたもの満ちるもの/マルゥの空ツヴィは砂色/金目(きんめ)のツヴィ
永遠を見る娘(1990年)
天と地の神/永遠(とわ)を見る娘/そしてカレーズ/星の落ちる谷/月の宴/月の宴・II/エンディング

あすかコミックスDX版
あすかコミックスDXで復刊時の巻名

キャラバンの鈴
宇宙ゆく帆船
姫君の塔?キズクルガン
ウイグルの砂
永遠を見る娘
風の輪・時の和・砂の環 - 『風の輪・時の和・砂の環』(初出:1984年新書館)はそれ自体はシルクロード・シリーズの作品ではないが、ここではコミックスのタイトルとして使われている。

設定について
(花とゆめコミックス『シルクロード?姫君の塔』巻末、「シルクロード年表」を参照の事)

この漫画には、過去・現代・未来の物語が順不同に含まれ、そのうちの「現代」は20世紀であるとされるが、一連の物語の中では、最初に来るのは「未来」に相当する部分だとも考えられる。つまり、“シルクロード・シリーズ”は、実は読者のいる現代に対して、すべてが遠い未来のまだ起きていない出来事だと解釈できる(もしくは読者のいる宇宙とは別の、パラレルワールド上の出来事と読むこともできる)。

すなわち、高度文明に達しながら地球環境を破壊し、種としての絶滅を迎えた「人間」の中から、「宇宙(かみ)」によって選ばれた10人の子供が超能力と不老長寿を与えられ、再び興る文明を人間が破壊しないよう見守り続けている?その彼らが「テングリ」すなわち天山山脈の「神」と呼ばれているのである。(なおテングリたちと共に生き残りながらも、退化した人類が北京原人であるとされる)

その根底にあるのは「地球も輪廻する」という概念であり、破壊される度に何度も何度も、ほとんど同じ経過をたどって歴史が繰り返されると考える。この設定があればこそ、作者は我々の知っている「史実」を自由自在にアレンジできるのである。

従って、神坂智子の“シルクロード・シリーズ”は、ただの瞑想的物語ではなく、れっきとしたSFファンタジーに分類できる。もっとも、そこまで深く考えなくとも、各作品の大半は素直に読めるような素朴な人間賛歌的物語である。

「神(テングリ)」たち
前述のように、彼らは元は人間として生まれたが、超能力を持ち不老である。人間が生殖能力を完全に失い滅亡へと進もうとしている時代、子孫を残そうと尽力する夫婦、セーヤとアーニャの遺伝子から、人工子宮によって生まれた(『バルマンの鉄柱』)。脳波を刺激し歩む道を示してくれるという作用のある銀鈴を受け継ぎ、長(おさ)がこれを持つ。全員が長い金髪に翠色の瞳、白い肌をしている。10人揃わないと完全に力を発揮できないが、途中で長が抜けて9人になり、現代になって長の子孫であるシオリ(詩織)を迎えて再び10人となる。シオリ(詩織)以外は全員が男性。

オリジン
長男。「起源」の意。(命名は父。他の9人は母が命名)テングリ達を統率する長である。ある事故により失踪、銀鈴を失い精神が破壊されたため、他の兄弟達と意思の疎通が不可能となる。(『キャラバンの鈴』)日本に漂流し、二度と大陸に戻ることなく数百年後に衰弱死するが、人間の娘との間に己の超能力を受け継ぐ子孫を遺す。(『天のはごろも』)
テイサ
次男。「楽神」の意。オリジン失踪後、シオリ(詩織)を迎えるまで銀鈴は彼が携えていた。優雅で誇り高いが剽軽なキャラクターで、テングリ達の中でも出番の多い人物である。
マロムセイ
三男。「師」の意。兄弟で唯一、頭にターバンを巻いている。テイサとは対照的に、寡黙で冷静沈着な人物。
レイアグト シアー リトル インジゴ マテハン トリプシン 万木かぶ ストロボ あんず ミング ローカル シャボン アーチ トミート スケー りゅう バーバー テンニン 対策いな パスタ 世界の橋 トレッ パレット レセル イスト トワイライ スター マカロ フォト はつとら ローン ザコン こくちょ ミシシ ミート ブーイ ディティ メルヘ ダウンタ バイフォー ゼット 発酵SEO フェムトセル 夕焼けの丘 サンテ ドリア ノーサイド タギング オミット オプシン

ナイアード
四男。「オアシス・泉」の意。ティムール王の第7后妃ビビに好意を寄せられる。一夜にしてモスクを完成させたことがある。(『青いビビ・ハヌィム』)
アッシュ
五男。「大地」の意。戦争で故郷と恋人を失い絶望にくれていた少女アゼルを、ツヴィの育ての親となるよう導いた。
カムシン
六男。「熱風」の意。巻毛の持ち主。兄弟で唯一、人間の娘と恋仲になったことがあり、彼女が死ぬまで慈しみ続けた。(『巻毛のカムシン』)
ジェナー
七男。「翼」の意。兄弟の中で一番高く空が飛べる。
スルジェ
八男。「太陽」の意。ゾマの娘ターラに恋をし、彼女を天山に導いた。(『バンボレットの谷』)
サーハス
九男。「勇気」の意。遠くの物が見ることができるという黒曜石の鏡を作ることに熱中している。また、瀕死の赤ん坊だったツヴィに自らの血を与え命を救った。
アーサー
十男。「希望」の意。彼が超能力で織り上げた、白い子羊の毛と金の髪でできた絨毯は、人から人へと時代を超えて渡り継がれることとなる。(『ヘディンの手帳』)
シオリ(詩織)
オリジンの末裔。(彼女も含め、オリジン(織仁)の子孫である天池家の能力者は名前に「織」の字がつく)20世紀の日本・九州の隠れ里に生まれ、「おシラ様」と呼ばれる巫子として暮らしていた。16歳の時に銀鈴の音に導かれて大陸へ渡り、他のテングリ達と合流、長の役目を担うこととなる。(『はるかなるシルクロード』)オリジンの血を受け継いでいるため、能力は10人の中で一番高いが、テングリとなってからは年を取らず16歳の時の姿のままであり、他の9人からは常に子供扱いされ「チビ長」と呼ばれている。10人中唯一の女神。

注目すべき登場人物
真美耶・真美女(まみや・まみな)
チベットの神、ゾマによって創られた“双体仏”。額に第三の目を持ち、動物の生体エネルギーを吸って生きる。真美耶は男性体で、残忍で凶暴な性格。真美女は女性体で、優しく慈悲深い性格をしている。実は、真の能力を持つ完全体は真美女の方である。後に真美耶は、ある事件がきっかけで真美女に殺されてしまう。この作中の「ゾマ神」は、絶滅した科学文明が残した人工知性体で、“双体仏”による地上の支配を目指すが、「人形に地上の支配はできない」と異を唱えた真美女の手によって最後は崩壊する。
ツヴィ
『砂漠幻想』で最初に登場する「ミュー(異端者)」を自称する少女。彼女はチンギス・ハーン時代の中央アジアで生まれ、瀕死の赤ん坊だったところをテングリによって命を助けられた。その際、サーハスが自らの血を彼女に与えた影響で突然変異。右目は青色、左目が金色となり、しかも左目は近くが見られない代わりに遠くの物がよく見えるようになる。また、口はきけず心の声で言葉を発している。予知・透視能力を持ち不老不死である。戦争で天涯孤独となった少女アゼルに育てられる。自分がシオリ(詩織)の身代わりとして創られた存在なのではないかと誤解し、自分を普通の人間とは違う体にしたテングリ達を恨んでいる。彼女は人間社会のいずれの「枠」にも入れない孤独な者として描かれているが、テングリ達とは違い、人間社会に身を置いて生き続けている。
ターラ
真美女と同一人物。『バンボレットの谷』で登場。パキスタン国境のバンボレットの谷で、シャーマンに保護されていた。シャーマンによって「ターラ(第三の目の意)」という名前で呼ばれている。ゾマの支配を離れ一人になった後も、自分の存在について苦悩し続けている。後にスルジェの導きで天山に行き、テングリ達と共に暮らすこととなる。『宇宙(そら)ゆく帆船(ふね)』では、滅亡に向かう地球の運命を見守るため地上に残り、人類と運命を共にする道を選ぶ。この時の長はシオリ(詩織)であり、時間軸的には他の物語よりも後(未来)と考えられる。
羽間崎織花(はまざきおりか)
天池家の能力者の一人・竹織(たけお、詩織の大叔父)の娘。『風の子守唄(ララバイ)』で登場。同族の詩織に似た容貌で(ただし金髪碧眼ではない)、また「織」の字を持つ名が示すとおり強い超能力を持つ。父はその力を利用された末、織花が生まれる前に事故で死亡、織花もまた同じ能力故に軍やアメリカに追われ続けた。廃村となった父の故郷を訪れた時、テングリたちが彼女を迎えに現れたが、金の髪も翠の瞳も持たない織花は彼らと共に行くことはできなかった。(『風のメモリアル』)

作中関連項目
神坂智子の作品とは表記が異なるものがあります。

あ行
アフメト3世
イシク・クル
イスラーム
ウイグル人
ウズベク人
か行
カシュガル
カラ・キタイ
カレーズ
乾隆帝
コンヤ
さ行
サマルカンド(ビビ・ハヌィム)
シーア派
シッダールタ
スヴェン・ヘディン
スンニ派
西夏
ソグディアナ
た行
タクラマカン砂漠
タジク人
チベット仏教
チューリップ時代
チンギス・ハーン(成吉思汗)
デリーの鉄柱(バルマンの鉄柱)
ティムール
天山山脈
トルキスタン
な行
は行
ペルシア
ヒンドゥー教
ま行
モンゴル帝国
や・ら・わ行
楼蘭
楼蘭の美女
ロプノール

2009年01月15日

山へ柴刈りに

チモール ジョリティ ジルバ マンボ サーチガム ロズウ いととく ペクトル オフロ スマトラ ネック ショルダ バンジョ キャリア ハマユ タッグ ユーコン JAPAN いちにいさん 天徳 バキュ バンパイア コンヒ ナビミット ツツジ コート おおだま マングース ビーバー ホルダー しょく コチュカル パラペ フレー ビエンナ フリー ライス 王の行進 マイクラ レジス サンセ ドラマ オール ビショ きたひろ ナンプレ クロス マモモ モノク リュート

男性であるお爺さんが「山へ柴刈りに」、女性であるお婆さんが「川で洗濯」をするという点についてもジェンダー的な作業分担の現れと見て、それに異を唱えている団体がある。例えば「北名古屋市女性の会男女共同参画委員会」は名古屋弁の創作劇『モモタロー・ノー・リターン』を作成しており、この作品の中では両者の役割を逆転させている(男性であるお爺さんが「川で洗濯」に、女性であるお婆さんが「山へ柴刈り」に行く)。
NHK教育テレビの番組「おはなしのくに」で放映されたもの(出演・朗読はFLIP-FLAP)では桃太郎は「乱暴者で親の手伝いをしない怠け者」であり、村を襲ってきた鬼に育ての親のお婆さんが襲われたことで目が覚め、鬼ヶ島の鬼たちを懲らしめる。現代的な問題提起要素を加え、「やればできる」という教訓付きのストーリーになっていた。
「暴力的な話」だとして、絵本や子供向けの書籍では「鬼退治」ではなく「話し合いで解決した」などと改変されている。しかし、この場合、どこからどうして金銀財宝が出てくるのか、判然としない。また、「金銀財宝」の獲得、つまり経済的成功こそが正義とする思想も価値観が多様化する現代においては受け入れられ難くなっている。
近年、桃太郎も他の日本の昔話、グリム童話同様に、『本当は怖い昔話』などで書籍化、出版され、官能話あるいは残酷話として強制的に話を曲解されているものもある。

パロディ
桃太郎を鬼の面から解釈した尾崎紅葉の『鬼桃太郎』、極力ユーモラスに桃太郎を書いた巌谷小波の『桃次郎』(1911年)などがある。日露戦争の際には『日露ぽんち桃太郎のロスキー征伐』(1905年)という版が出ている。内容は「昔は南の国に鬼がいたが、今は西方にロスキー(露西鬼)がいる」というものであった。

心理学的解釈(ユング心理学)
桃太郎は親元にいる間、父?母?子という三角関係の中で父母の愛が太郎へと注がれ成長してきたが大きくなるに従って父母と対等の存在となり三角関係が不安定になる。その反発が太郎をお姫様へ向かわせ、父性の影である鬼を出現させたと言える。鬼が島への旅は、太郎の自己実現への旅と言え、太郎はその過程で犬と猿と雉に出会い桃太郎を支えることになるこの3つの力は親元を離れるまで意識されなかった自身の分身としての力であり、このことは自立に向かう青年の自我の背景には3つの隠れた能力が潜んでいることをあらわしている。雉とは上空から鬼が島を探る力(大人社会の矛盾弱点を突く感性の感覚)、犬とは激情的に鬼に食いついていく力(矛盾に満ちた大人社会に対する激しい感情)、猿とは鬼の館をよじ登り門を開ける賢さすばやさ(問題の行き詰まりを開く直感的な判断力)を標している。 鬼という否定的な力に対抗するためには桃太郎という自我も含めて4つの能力が結束してあたらなければならないことを意味する。この4つの力とは心理学者・ユングの言う心の4つの能力、思考、感情、感覚、直感であり、ユングは思考は感覚に対峙し感情は直感に対峙すると述べている。桃太郎を取り巻く犬と猿と雉の存在はユングのいう4つの能力と相応している[4]。

唱歌
唱歌「桃太郎」は、文部省唱歌の1つ。1911年の「尋常小学唱歌」に登場。作詞者不明、作曲・岡野貞一。

桃太郎
桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけた黍團子、一つわたしに下さいな。
やりませう、やりませう、これから鬼の征伐に、ついて行くならやりませう。
行きませう、行きませう、あなたについて何處までも、家來になって行きませう。
そりや進め、そりや進め、一度に攻めて攻めやぶり、つぶしてしまへ、鬼が島。
おもしろい、おもしろい、のこらず鬼を攻めふせて、分捕物をえんやらや。
萬萬歳、萬萬歳、お伴の犬や猿雉子は、勇んで車をえんやらや。
暴力性を感じさせるという理由からか、現在では歌詞が改変されたり、後半部を削除したりする場合が多い。これと似たような経緯で後半部を削除された童謡に、てるてる坊主がある。余談だが福岡ソフトバンクホークスが得点すると応援歌としてこの「桃太郎」の替え歌が歌われる。

また、上記に比べ知名度は劣るが、作詞・田辺友三郎、作曲・納所弁次郎による「モモタロウ」もある。

モモタロウ
桃から生れた桃太郎、氣はやさしくて力持、鬼ケ島をばうたんとて、勇んで家を出かけたり。
日本一の黍團子、情けにつきくる犬と猿、雉ももらうてお供する、急げ者どもおくるなよ。
激しいいくさに大勝利、鬼ケ島をば攻め伏せて、取つた寶は何々ぞ、金銀、珊瑚、綾綿。
車に積んだ寶もの、犬が牽き出すえんやらや、猿があと押すえんやらや、雉がつな引くえんやらや。

吉備団子
吉備団子は、黍団子に因んで江戸末期に売り出された物。吉備とは、備前・備中・備後・美作地方の古名で、現在の岡山県にあたる(備後は広島県)。